■とられたのは米とカキ
 平成15年ごろから数年間、なぜか急に農作物の盗難被害が多くなりました。9月から11月の収穫期に、畑や倉庫から作物がごっそり盗まれるのです。野菜、米、果実の順に被害が多かったとか。それを聞いて一瞬、「あれーっ、昔に逆戻りしたのかな?」と思いました。というのは、ぼくが小学校低学年のころですから昭和30年代の初め、わが家に泥棒が入ったのですが、とられたものは米びつの米と鈴なりになったカキだけだったからです。
 でも、現代の作物泥棒は、明らかに盗品を換金する目的で盗みます。つまり、金欲しさの犯行です。現金や貴金属などと比べるとセキュリティが甘い農作物を狙うわけです。したがって、盗む量も半端ではありません。とてもひとりでは食べきれません。
 その点、わが家の被害は、ひとり、あるいは一家で食べきれる量でした。もちろん警察に届け、現場検証もして調べてもらいましたが、どれくらい真剣に捜査してくれたか…。残念ながら犯人は捕まらず、やられたものも返ってはきませんでした。幸いだったのは。人的被害がなかったことです。実は、夜中に祖母が泥棒らしき人物と遭遇しているのです。台所の手前の部屋を通ってトイレに行くとき、暗やみの中ですれ違ったというのです。父だとばかり思って、別に声もかけなかったのがよかったのです。声をかけたりしたら、相手もびっくりしたことでしょう。何をされたかわかりません。それにしても、その年はまだうれたカキを少ししか食べていなかったので、くやしかったナ。

■昔の泥棒は温情をもちあわせていた?
 わが家にどろぼうが入ったのはそれが初めてではありません。ぼくが生まれる前の戦前か戦中にも一度入られたことがあったそうです。そのときのことを母から何度か、笑い話として聞かされました。
 母もまだ若く、20代の前半。真っ昼間のことで、祖母も家にいたのでしょうが、新米主婦としての務めを果たすことに懸命だったのですね、きっと。開けっ放しの玄関で泥棒さんと鉢合わせしたとき、相手の手には干してあった衣類と、玄関にあった真新しい父の靴があったのです。母の視線はすぐその靴に注がれました。とっさに出た言葉は、
「靴だけは置いていってくださ~い!」
 懇願する母に、泥棒さんもほだされて、靴だけでなく手にしたものをすべてそこに置いて、逃げていったのだそうです。「キャーッ、泥棒!」と叫んだだけだったら、相手はとったものを手にそのまま逃げたかもしれませんし、あるいは居直って母に危害を加えた可能性もあります。「靴だけは…」との懇願に応えるなんて、昔の泥棒は温情ももちあわせていたのでしょうか。

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